秘書からフリーのインテリアコーディネーターへ転身。持ち前の発想力と行動力で、セミナー講師、メディアへの出演など活躍の場を広げている荒井さん。彼女がつくり出す空間は、彼女の明るい笑顔と優しい気配りそのままに、とても居心地良くあたたかな雰囲気が活かされています。そんな荒井さんの代表作である「第45回神奈川建築コンクール優秀賞」を受賞した自宅で、フリーとして成功するまでの努力と道のりについて伺いました。
荒井 詩万(アライ シマ)
大学卒業後、設計事務所に秘書として勤務。在職中、「町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー」で2年間学び、卒業後フリーのインテリアコーディネーターとして「CHIC INTERIOR PLANNING」を主宰。現在、新築住宅やマンションのインテリアコーディネート・リモデルを手掛ける他、インテリアスクールやセミナーの講師、雑誌の企画・監修、テレビ出演など、インテリアに関するさまざまな分野で活躍中。
Q. インテリアコーディネーターを目指したきっかけは?
設計事務所で秘書を務め2年経った頃、この先結婚して子供を産んでも、ずっと続けられる仕事をしたいと考えるようになって。そこで、興味のあったインテリアコーディネーターについて勉強してみようと思い立ちました。
たまたま会社の近くに「町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミー」があり、上司に聞くと「業界では優秀な卒業生が多く有名だよ」と評判もいいということで入学を決心。働きながら夜のコースに週2回、2年間(※現在は働きながら週1日10:00〜16:00 2年間のコースを開講(東京校))通いました。
もともと部屋の模様替え、インテリアショップをめぐるのが好きだったこともあり、学ぶのはすごく楽しかったですね。
特に勉強になったのはプレゼンテーションの授業。クライアントに提案をするために必要なプレゼン能力を養うレッスンなのですが、それまでは事務仕事で、自分から何かを発信するということがなかった私にはとても面白く感じました。
こうしていろいろ学びながら、スクールを26歳で卒業しました。
Q. インテリアコーディネーターとして独立するまでのいきさつを教えてください。
卒業後、すぐにでもインテリアコーディネーターとして働きたかったのですが、会社で責任あるポジションを任せてもらっていた関係上すぐには辞められませんでした。
そこで、とりあえず何か行動を起こそうと、クラスメイトと一緒に「インテリアのアドバイスをします。何かあればぜひご一報ください」と友人知人200人にダイレクトメールを送ったのです。すると、「新居の収納の相談がしたい」「こんなカーテンが欲しい」など、少しずつ仕事が来るようになっていきました。
そしてあるとき、友人の新居をフルコーディネートするという依頼が来たのです。
それまでは、まだ報酬は交通費とランチ代をいただく程度だったのですが、コーディネートが完成した時に友人が「お願いして本当によかった!とても満足したので、きちんとコーディネート料をお支払いさせて」と言ってくれて。
事実上それが初めてのプロとしての第1歩になりました。
その後は友人達の口コミで評判が広まり、次々と依頼をいただくようになったのです。
Q. 独立して仕事をする上で、一番苦労した点は? それはどうやって克服しましたか?
フリーでやるということは自分で動けるという醍醐味もありますが、反面、一度信頼を失うと絶対に仕事は来ないという大きなリスクもあります。
最初のころは、建築現場で飛び交う専門用語に分かったふりをして叱られたり、予算の交渉ができずに悩んだことも多々ありました。それに、建築の現場は男性がほとんど。恥ずかしながら、怒鳴られて半べそをかいたことも。
でも、失敗しても絶対に現場からは帰りませんでした。
そうしていると、逆に職人さんたちの方からいろいろ教えてくださるようになりました。
みなさん、本来とても優しい方が多いのです。
現場で学ぶことは、本当にたくさんありました。それに改めて気が付いてからは、どんなに恥ずかしくても分からないことは素直に聞くように、そして相手の方のアイデアも積極的に伺うようになりました。そうすることで自分の中の引き出しをどんどん増やすことができるようになったのです。
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