リカレント教育とは、社会人が学び直しをおこなう再教育システムのことです。
広範な定義としては、「リカレント=回帰・循環」という意味の通り、高校や大学を卒業した後も、人生の必要なタイミングで学習と就労を繰り返し、循環した教育を受けることとされています。
リカレント教育という考えは、1968年、スウェーデンの教育審議会においてアイディアと理念が登場したことから始まり、1970年にOECD(経済協力開発機構)が提唱したことで、世界的に認知されるようになりました。
現在はビジネスシーンにおいて、新たな知識の習得やスキルアップを目的とした「アップデートのための社会人の学び」として注目されています。
リカレント教育の対象者は、中学・高校・大学などの学校教育を修了し、就業経験のある社会人となっています。
具体的に政府がリカレント教育の対象者として想定しているのは、
などが挙げられます。
また、年齢制限などはありませんので、学び直したいという意欲があれば、いつでもリカレント教育を受けることができます。
リカレント教育は、欧米と日本とで、取り入れ方や学習方法が異なります。
まず欧米は、専門知識を得るために、就業中であれば会社を長期間休む、または仕事を辞めて大学に入り直すなど、長期にわたって学習することが特徴です。
一方、日本のリカレント教育は就業しながら学ぶことが想定されています。
夜間や休日を活用し、通信教育や短期集中型の講座などを受講する学び方が特徴です。
日本人はリカレント教育よりも「生涯学習」という言葉に馴染みがあるかと思います。
リカレント教育は、仕事で活用するためのスキルや知識を習得することが目的ですが、生涯学習は、人が一生涯におこなうあらゆる学習のことを指します。
生涯学習は学校教育のほかに、ボランティア活動やスポーツ活動、趣味の領域などが含まれますので、人生を豊かにするための学習ともいえます。
生涯学習の中の1つに、リカレント教育があるというイメージがわかりやすいかもしれません。
リカレント教育に類似するものとして「リスキリング」があります。
リスキリングとは、企業の事業戦略に基づいた人材の配置転換をするために、従業員の大幅なスキルチェンジをおこなうことです。
企業が従業員に対して、新たに習得すべきスキルを提示し、再教育を施すというのが特徴です。
一方、リカレント教育は、個人が自主的にスキルアップをおこなうためのものです。
企業が福利厚生の一環として教育制度を設けているケースもありますが、「本人が自ら学習すること」が主体となります。
リカレント教育が注目される理由の1つとして、「人生100年時代」による働く期間の長期化が挙げられます。
平均寿命が延び、少子高齢化と人口減少が進む日本では、老若男女が総出となって働き、活躍する必要があります。
既に、産休育休などブランクからの復帰や、定年後の再雇用や再就職を選択する人が増えています。
常に新しい知識を身につけ、長く働くことができる人材であるための手段がリカレント教育なのです。
働き方の変化や多様化もリカレント教育を必要とする理由の1つです。
日本も終身雇用や年功序列の見直しが進んだことで、雇用の流動化が始まり、スキルアップやキャリアアップ目的の転職をおこなう人が増えました。
特にキャリア形成への意識が高い人は、社内で得られるスキル以上のことを求め、自ら学びの機会を探します。
また、企業側も優秀な人材の流出を防ぐため、教育制度を充実させた環境を整えようとしています。
リカレント教育が注目されるようになった最大の理由は、社会で求められる知識や能力の変化にあるといえます。
現在、AIなどのデジタル技術革新によるデジタルトランスフォーメーション(DX)化が急進中です。
また、企業が事業を成長させるための課題として、最新デジタル技術の導入や新しい市場への参入に対して障壁があることが挙げられます。
そのため、以下が重視されるべき局面にさしかかっています。
・リスキリングによる従業員の能力再開発
・従業員が自ら進んで新しいスキルを習得できる学習環境の提供
リカレント教育をおこなうメリットにはどのようなものがあるでしょうか?
1つめは、労働市場における自身の市場価値を上げ、長く活躍できるようになるということです。
近年のデジタル技術革新により、一層の専門的知識を要する必要が出てきました。技術の進歩スピードも目まぐるしいため、定期的に知識をアップデートする必要もあります。
また、未経験者が1から知識をつけるよりも、経験者が学び直しをしたほうが、コストパフォーマンスが高まります。
常に最先端の知識をリカレント教育により習得することで、世の中から必要とされる人材になることが重要です。
リカレント教育をおこなうメリットの2つめは、年収の向上が期待できるということです。
より専門性の高い知識や技術を定期的に習得し続けることで、企業からの評価が上がり、年収も上がることが見込まれます。
また、経済産業省の2018年度「年次経済財政報告」にて、自己啓発や学び直しをおこなった人としていない人で、年収に差が出るという結果が発表されました。
学習してすぐに差が出るわけではありませんが、学習開始後2~3年で、10~16万円の差が生まれるという調査結果が出ています。
日本女子大学では、女性のための再就職支援プログラムとして、「リカレント教育課程」を立ちあげています。
1年間のプログラムを通し、育児や介護などで離職した女性に新たなキャリアを育むための知識や技能を身につけてもらうことを目的としています。
講座内容は、ビジネスに特化した科目が多くなっていることが特徴です。
英語とITリテラシーを必修とし、語学や社会保険労務士の資格取得などができるカリキュラムとなっています。
キャリアアップに役立つスキルを習得させることで、実務的な即戦力にとどまらず、社会の発展を支える有用な人材を輩出しています。
また、受講者の再就職時の就業率が高いことも特徴です。
出典 日本女子大学/リカレント教育課程
京都大学では、社会人の学習機会の拡大・充実のため、さまざまなリカレント教育を実施しています。
特に社会人におすすめの講座としては、「社会人向けデータサイエンス講座」や「イノベーション・起業家教育」が挙げられます。
数理・データサイエンス・AI教育を強化した学習や、アントレプレナー(※)人材育成に注力し、新たな価値を創造できる人材を輩出する取り組みをおこなっています。
その他にも多数の公開講座を開講しており、オンラインにも対応していることから、遠方からの参加も可能な環境が人気を呼んでいます。
出典 京都大学/リカレント教育(生涯教育等)
※アントレプレナー:ゼロから会社や事業を創り出す起業家のこと
企業でのリカレント教育推進事例についても見ていきましょう。
コラボレーションツール事業を展開するサイボウズ株式会社では、多様な働き方へのチャレンジのひとつとして、2012年より「育自分休暇制度」の導入を始めました。
これは、35歳以下の社員を対象に、退職後も最長6年間は、会社に復帰できるという制度です。
「また会社やチームに戻れる」という安心感がある中で、留学や大学院への進学、転職などをおこない、新たな環境で積極的にスキルアップできることが特徴です。
出典 サイボウズ株式会社/ワークスタイル 育自分休暇制度(2012年~)
国内大手飲料メーカーのサントリーホールディングスは、従業員の主体的な学び直しを推進しています。
「SUNTORY Self-Development Program」と称する自己啓発支援プログラムでは、
・応募型研修(ビジネススキルの習得)
・英語力強化コンテンツ
・eラーニング
・通信教育通学費補助制度
以上の多岐に渡るプログラムを展開。学びの選択肢を幅広く設けることで、従業員が積極的にスキルアップできる環境を構築しています。
出典 サントリーホールディングス株式会社/人材育成
国内大手総合電機メーカーであるソニーグループ株式会社は、「フレキシブルキャリア制度」という学び直しのための休職制度を導入しています。
2015年から導入されたこの休職制度は以下の学びに適用されます。
・配偶者の海外赴任や留学に同行し、海外の知見を広げ、語学力などを向上させるための休職(最長5年)
・専門的な業務スキル向上を目指す就学のための休職(最長2年)
休暇制度を利用した従業員の実績もあり、働きながらではない、学びに専念できる環境が好評を得ています。
出典 ソニーグループ株式会社/多様性を推進する取り組み
一部の大学や企業でリカレント教育が推進されている反面、日本ではまだまだ課題があるのが現状です。
リカレント教育を受けるためには学費などの費用がかかりますが、公的補助や企業の支援体制が乏しく、金銭面での個人負担が大きくなってしまうケースがあります。
また、日本は長時間労働が常態化しており、フレックスタイム勤務制度や長期休暇の取得など、学習のための時間を設ける制度も十分とはいえません。
そして、リカレント教育についての情報も多いとはいえない状況です。
これらの国や企業による支援体制の未整備な面が拡充の遅れを招いている要因といえるでしょう。
リカレント教育を受けられる教育機関やカリキュラムが少ないことも、拡充を妨げている要因のひとつです。
リカレント教育を実施する大学などの教育機関は増えていますが、カリキュラムの種類が少なく、選択肢の幅が狭いのが現状です。
また、社会人向けの学習内容は深い専門知識が問われることもあり、より指導スキルの高い教員を集める必要があります。
今後は、日本の社会人のニーズに合わせた多様なカリキュラムを提供していくことが課題といえるでしょう。
厚生労働省は、費用面の補助をはじめとした支援施策をおこなっています。
■教育訓練給付金
対象講座の自己負担受講費用の20〜70%を支給します。
■高等職業訓練促進給付金
ひとり親の方が国家資格などを取得する目的で就学する場合、月10万円を支給します。(給付条件あり)
その他、就業中の方を対象としたキャリアコンサルティング、離職中の方を対象とした公的職業訓練(ハロートレーニング)があります。
経済産業省では、IT・デジタル領域のリカレント教育情報提供や試験などを実施しています。
■巣ごもりDXステップ講座情報ナビ(無料オンライン学習コンテンツ情報提供サイト)
■情報処理技術者試験・情報処理安全確保支援士試験(国家試験)
■第四次産業革命スキル習得講座認定制度
…IT・データの分野において、社会人が高度専門スキルを習得できる実践的な教育訓練講座を、経済産業大臣が認定する制度。
出典 経済産業省/IT人材の育成
文部科学省では、教育機関でのリカレントプログラム拡充支援を行っています。
■DX等成長分野を中心とした就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業
産官学が連携し、DXに関連する分野の教育プログラムを提供。就業支援をおこないます。
■大学等におけるリカレント講座の持続可能な運営モデル構築事業
リカレント教育が実施できる教育機関を増やすために、リカレント教育についてのガイドラインを策定しています。
■マナパス
社会人の学びを応援するサイトを開設し、学校や講座の検索ができるほか、修了生インタビューなどの参考コンテンツを多数掲載しています。
出典
文部科学省/DX等成長分野を中心とした就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業
大学等におけるリカレント講座の持続可能な運営モデル構築事業について
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リカレント教育を始める場合は、まずキャリアプランを考えましょう。
自分は将来的にどのような道を進んでいきたいのか?ということが、リカレント教育でどんなことを学ぶのかの道しるべになります。
・現在自分が有している仕事の知識やスキル
・希望する業界や職種において今後必要となる仕事の知識やスキル
以上を比較していくと、自分が学ぶべき分野が見えてくるでしょう。
キャリアプランが定まったあとは、希望のスキルが習得できる教育機関の講座を調べます。
講座の詳細は、教育機関のホームページまたは資料請求で確認してみましょう。
・専門スキルを長期的にしっかり習得したい
→大学や大学院の通学講座
・仕事や家庭と両立しながら学びたい、地方在住で近くに教育機関がない
→オンラインや通信に対応している教育機関の講座
以上のように、自分の学習スタイルやライフスタイルなどを鑑みて、講座を選択することが推奨されます。
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リカレント教育にかかる費用は「受講する学校」「受講方法」「受講期間」などにより、さまざまです。
例えば、大学に入学して通年学習する場合は、数万円~数十万円の入学金と、年間数十万円以上の授業料がかかります。
社会人が選択しやすい通信講座・オンライン講座では、1科目あたり数千円〜数万円ほどが相場となります。
個人でリカレント教育を受ける場合は、費用やサポート体制を十分考慮し、学び直しの検討をすることが重要です。
リカレント教育を支援する厚生労働省の補助金・助成金・給付金制度の一部をご紹介します。
■教育訓練給付金制度
主体的に能力開発やキャリア形成をしたいという社会人を支援し、再就職促進と雇用の安定を図ることを目的として設立された制度です。
受給要件を満たす方が、厚生労働大臣指定の教育訓練を受講・修了した場合に、教育訓練給付金として費用の一部が支給されます。
■人材開発支援助成金
雇用する従業員のキャリア形成促進のために、専門知識や技能を習得させる職業訓練を計画的に実施した企業に適用される助成金制度です。
企業が負担した訓練費用や、訓練期間中に発生した賃金の一部が助成されます。
企業の需要に合わせた助成金コースを選ぶことができ、従業員が職業訓練そのものを受けた場合に助成金が得られる訓練コースと、長期休暇を取得して職業訓練を受けた場合に利用できる教育訓練休暇付与コースがあります。